No.49 「何のために誰のために」

毎日新聞3月23日社説の検証



 地価公示が発表された2004年3月23日の毎日新聞に「地価公示・何のために誰のために」と題する論説が掲載された。 その文章の問題点及び認識の誤りを指摘し、緊急に異議を申し立てることが本稿の目的である。


1.調査期間に関する記述

 地価公示のための作業期間について、「昨年の6月中旬から作業が開始され、今回の発表になった。 1年のうち9カ月は調査が続くことになる。」と同紙は書いているが、これは事実と異なる。

 地価公示を実施するための担当鑑定評価員の割り当て等の事前準備作業まで含めると、 確かに夏前のこの時期から散発的に行われるが、実際に各評価員が評価の作業に入るのは、9月下旬以降であり、 作業終了して国に提出するのが1月中旬である。従って、実際の作業期間は4カ月程度である。


2.更地評価の意味

 地価公示では土地が更地であると仮定して評価を行っているが、これについて同紙は、 「土地を収用して公共事業に使うためには建物を壊して更地にしなければならない。だから地価公示は更地で評価する。」と書いている。 これは全くの認識違いである。

 確かに地価公示は、公共事業の買収規準としても使われているが、そのことと更地評価とは全く関係ない。 不合理なものも多い現実の利用用途に左右されずに、土地の持つ本来の力を正しく評価することによって、 初めて価格同士を比較することが可能となる。だから地価公示は更地評価なのである。 更地評価でなければ、制度の目的に適わないのである。


3.更地には価値がないとする思想

「土地が値上がりしている時代ならともかく、値下がりを続けている時代に収益を生まない更地には価値がない」 と同紙は書く。

 何にも利用されない更地(物的形態として上物が恒久的に建築されない更地)に価値がないということと、 鑑定評価における想定上の更地(権利及び経済的制約のない概念上の更地)との区別が、この記者は全くできていない。 あるいは、地価公示を批判するために、意図的に書いているのであろうか。だとすれば、一層罪は深い。

 土地は、生産活動における生産要素である。例えば製造工場を例にとれば、事業を開始し継続する「資本」、 事業を実際に遂行する「労働」あるいは「人的資本」、その事業自体を計画し、コントロールする「経営」手腕とともに、 その活動拠点となる工場設備等の「不動産」及び「動産」のすべてが揃って、製品の製造が可能となる。

 土地がそのままで価値がないのは自明のことであり、 それは、労働者が何もせずそこに存在しているだけでは何の価値も生まないのと同じである。

 労働者の価値は、その人が最も能力を発揮して生産行動に寄与したときにもたらされる利益から捉えなくてはならないように、 土地の価値は、その土地が最もポテンシャルを発揮するように利用されたときにもたらされる利益(不動産収益)から 捉えなくてはならない。その考え方に基づいて行われているのが更地評価なのであり、 上記2.で述べたとおり、更地評価の意図と、永久に利用されることのない更地が無価値であるという、 全く次元の違う話を結びつけてはならない。


4.地価公示は不動産投資には役立たないとの意見

「不動産投資が金融化している現在、投資家は土地ではなく建物の収益力を評価して投資する。 更地評価の地価公示では、建物の収益力は読めない。公示地価は不動産投資には何の役にも立たない」と同紙は書く。

 不動産投資が金融化しようが、まったくの原始の状態であろうが、土地のポテンシャルが活かされるように 建物が建設され、適切に管理運営されているとき、最大限の収益が得られる。これが不動産投資を見極める際の鉄則である。 土地を無視した建築計画は不可能であるし、場違い建築が無駄な投資になることは、不動産投資の世界ではイロハのイである。

 前述したように土地は生産要素の一つであるから、不動産投資の現場においても、建物を保有する基盤として更地の入手価格の多寡は 事業の成否を大きく左右する。この記者が思い描いている不動産投資とは、既に出来上がっている中古建物を、その稼得している賃料をもとに 評価してできるだけ安く買い、転売して利益を得ようとするような行動だけではないだろうか。それも投資行動であるが、 その際でも、地価の如何は転売価格等に少なからず影響する。土地を無視しては、投資効率は考えられないのである。

 この種の記事を書こうとするのであれば、簡単な経済学と、投資やファイナンスの教科書を読んでちゃんと勉強してからにして頂きたいと思う。


5.現実の取引価格が公開されればよいとの意見

 以前から検討されてきた不動産取引情報の公開制度に、私も賛成である (→No.46[緊急提言]不動産取引価格情報は完全公開せよを参照)。 情報が公開されることで市場の透明性が高まり、活性化を促すことになるからである。

 しかし、生の情報を読み取るのには専門知識が要る。No.46にも書いたが、 同じ地域でもある土地の売買坪単価が、すぐ近くの土地の倍以上というようなことはよくある。個々の土地の備えている条件 (街路条件、画地条件その他)が違えば、価格も異なるし、何より現実の取引では、当事者双方の個人的事情とか思惑とか 力関係などが、売買金額を左右するからだ。

 新聞は、「不動産業者が参考にするのは、公示価格ではなくレインズで検索できる実際の取引価格だ」と書き、だから 「地価公示は、現実に役立つ取引価格の公示に変えるか、制度を廃止するかの岐路に立たされている」とも書く。

 取引業者は常に最新の情報を活用しなければならないから、現時点で市場に出ている売り物件で相場を把握するのは当然のことである。 しかも情報はできるだけ多くあった方がいいから、ネットワークを構築しているのである。

 ただ、この生情報を読み解くには専門知識が必須である。国民全員に不動産教育が施され、生情報を活用できるようになるのが、 究極の姿かも知れないが、それが事実上非常に困難であるから、誰にでも比較可能に均質化した情報が求められるのである (個々の条件や不合理な事情に影響されない均質化した情報だからこそ、公共事業や課税にも利用できるのである)。 不動産業者と一般人とを同列に論じることはできない。


6.金融技術を利用した不動産投資が活性化しているという記述

 このようなことを好んで書く人というのは、おそらく不動産投資の現場を知らない人である。

 REIT等の金融市場に組み込まれた不動産に関しては、確かに証券分析等のノウハウが生かせる局面もあり、 私が当サイトで展開している不動産金融工学も、そのような分野においては利用価値もなくはないと思う。

 しかし、"収益還元法万能"を無批判的に論ずる新聞とか、識者と言われる人たちというのは、 取引の現場でまず「粗利何%」から入るということを、おそらくご存知ないに違いない。

 難しい金融技術(?)を駆使して算出したり、それどころか簡単なDCFでもっともらしく収益計算してみたところで、 マーケットではその通り買えるわけではない。それこそ、現場を見よ、である。

 "金融技術"などといって煙に巻く人には、それでは金融技術とはどんな技術で、どんな情報を使って、 どんな算式で何を求めるのか、きちっと説明して頂きたいと思う。


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 毎日新聞は、昨年9月にも今回と同じかそれ以上に稚拙な持論を社説で展開している (→No47大新聞による地価公示批判の誤りを指摘するを参照)。

 "何のために誰のために"こんな幼稚なキャンペーンを張っているのか(※注)。

 特定の記者の不勉強によるものだとしたら、それをチェックできない新聞の責任は大きい。

2004年3月25日


※注: おそらく、官のやることに対してイチャモンをつける市民寄りの新聞だということを、アピールしたい一心なのだろうが、 それならばなおさら、専門領域に言及するときには、その分野についての基礎知識くらい、勉強して欲しいものである。