No.38 収益還元法と将来予測



 地価公示における鑑定評価をはじめとする土地残余法(土地の収益価格を求める手法)で、純収益変動率(地価公示ではgの文字を使う)を一般的にプラス の値とすることについて、いまだに無知な批判が多い。

 当サイトでは、これに関して再三説明をしてきたが、長い論文は読んで頂きにくいこともあって、いまだ私の主張が完全に理解されているとは言い難いので、 この場でもう一度、説明したい。


有期還元と永久還元の区別

 収益還元法には、ある一定期間の純収益のみを詳細に分析する有期還元式と、純収益が永久に持続することを前提とする永久還元式とがある。 一般に、前者においては、分析期間中の純収益変動を明示的に扱うのに対し、後者においては、 永久期間にわたる純収益変動を、還元利回り(キャップレート)に加味する。不動産市場における取引利回りを参考に還元利回りを決定することがあるが、取引利回りには 当該事例の純収益に対する将来予測が含まれていると考えられる。

 純収益変動率を云々する場合、変動を予測している純収益が、どれほどの期間に対応しているのかを明らかにしなければならない。 対応期間を明らかにせずに、右肩上がり、右肩下がりと語っても、何の意味もないのである。

DCF法における純収益変動の捉え方

 有期還元式であるDCF法は、ある一定期間の純収益を明示し、各年の純収益の現在価値の和と、期間満了時の元本価格の現在価値との合計をもって 不動産価格とするものである。純収益明示期間中の経済予測により、右肩下がり(端的には賃料の下落)と判断される場合には、 そのようなシナリオで純収益を査定する。したがって、今後数年にわたって賃料が下落すると予想される場合のDCF法では、 当然のごとく、マイナスの変動を明示して、評価が行われる。ただし、純収益明示期間満了時の元本価格(復帰価格という) を永久還元式で求める場合には、当該還元利回りには、永久期間に対応する純収益変動率を加味する必要があり、 ここだけを取り出せば、下記の直接還元法となる。

建物及びその敷地にかかる直接還元法における純収益変動の捉え方

 永久還元式である直接還元法は、ある1期間に対応する純収益のみを明示し、当該純収益を還元利回り(キャップレート)で除して不動産価格を求める手法である。 還元利回りの決定にあたっては、同様の建物及びその敷地の取引利回りが参考となるが、上述の通り、そこには、 当該取引物件の将来にわたる長期的な純収益変動率が加味されているものである。ただし、取引利回りは、 取引時点における将来予測を前提としているため、経済状況の変化により、予測は容易に修正される。つまり、そのような スポット的判断は、非常に移ろいやすいものであると言える。

土地残余法における純収益変動の捉え方

 土地残余法は、土地単体の経済価値を求める収益還元法である。

 それは、将来、建物(improvement)によってその価値が顕在化されるものとしての 一種のポテンシャリティを評価するものであると言える。土地から得られる純収益は永続するため、一定の有限期間に作為的に区切ることはせずに、 永続する純収益を、それに対応する還元利回りで除すという方法が取られる。したがって、将来における変動予測も、永久期間に対応する変動率を決定しなくてはならない (※注1)。

 本来、このような予測は困難である。未来永劫まで続く純収益のトレンド予測であるから、実証するデータは存在しない。 しかし、それを言うならば、たとえ今後3年間といえども、変動予測の正当性を証明できる実証データは存在しない。 そもそも将来予測とは、占いのようなものなのである。我々は、明日のことすら何も判らないのであるから。

 では、どうやって将来を予測すればよいのか。それは、過去起こったことが将来も起こる確率が高いと仮定することである。

 土地残余法における純収益の変動予測は、今後数十年、数百年・・・にわたるマクロ経済予測にほかならない。 例えば、様々なシンクタンクが発表している今後の経済成長率の数値は、大きな参考となるものである。

 シンクタンクや経済学者の予測など当たったためしはないではないか、という批判があるが、それならば、 あなたはそれ以上に精度の高い予測ができると言うのか。それは誰にもできないだろう。

 永久還元式における純収益変動率は、結局、長期にわたる経済成長率の予測である(※注2)。たとえ今後10年、20年くらい右肩下がりが予測されるとしても、 その後、定常状態において少しでもプラス成長が想定されるならば、トータルの変動率はプラスとなる。 もし、永久還元式における純収益変動率をマイナスの値とするならば、今後この国の経済は長期的に没落の途を辿り、賃料はゼロに向かうと想定していることになる(※注3)。

 日本はもう終わりだ。もう沈没する。と自信を持って予測するのなら、それでもよい。それだけの自信があるのなら、 そういう評価をすればよい。

 変動率をプラスとしたからといって、今後ずっと成長し続けるということを意味するのでは決してない。 そのあたりを単純に間違えている人が多すぎる。評論家しかり。アナリストと呼ばれる方しかり。

 そして、残念なことに、不動産鑑定士の中にも、この単純な誤りに陥っている人が少なくないのは、悲しい限りだ。

 収益還元法とは、すなわち将来予測を行う評価方法であるから、予測を行っている期間がどれほどの期間なのかを明確にしなければ、 このような幼稚な誤りに陥りかねない。

 私は、この論点について、もう長年様々なところで訴えているが、ムードやイメージで反論する人が実に多く、 甚だ呆れかえっている。

 正しい理論が業界内外に周知されるまで、何度でも、何度でも、語り続けようと思う。

2003年4月17日


※注1:永久の予測などという、不可能なことをしていること自体、信頼性が薄いという批判もあろうが、 それを否定するならば、土地残余法で土地の価格は求められない。
 もっとも、土地単体の価格を求めること自体が無意味だという 過激な意見もあろう。もしかするとそうなのかもしれない。建物の存しない宅地(農地等は別)に価値はない。 が、それは未来永劫建物の建たない土地の場合である。今は更地でも、今後建物の建つ可能性のある土地は、 そのポテンシャリティに値段がつく。
 私は、No.34でも述べたが、土地残余法は土地に帰属する純収益という いわば作為的なものを評価のベースとするのではなく、当該土地上に存する建物と一体とした純収益から収益価格を求め、 そこから建物投資額を引いた残りが土地価格であるとする方法に変えるべきであると考えている。
 もちろんその場合でも、建物及びその敷地一体としての純収益の永久の将来予測が必要となるが、既に述べたように、 取引利回りから推測するという方法(インプライド・キャップレートという)で、実証可能である。

※注2:純収益トレンドが賃料トレンドに従うのは疑いのないところであるが、賃料トレンドが、経済成長にリンクしないと 考える場合は、純収益予測は経済成長予測から独立となる。しかし、将来予測を、過去の事実から推論する限りにおいては、 賃料トレンドは経済成長にリンクしていると考えざるを得ない。もちろん、これからの世の中ではその法則は崩れると、 明確な根拠をもって予測できるというのなら、そのような論者は、そのモデルに従って評価を行えばよい。 私には、とてもそんな予測はできない。 それは、No.33であげた比喩を用いれば、明日の天気はヤリが降る、と予測するようなものだからだ。

※注3:直接還元法(永久還元式。DCF法における復帰価格を永久還元で求める場合を含む)で純収益変動率をマイナスの値とすることは、 次のような結果を招く。

 t期の純収益をA[t]t+1期の純収益をA[t+1]、純収益変動率をgとすると、

 A[t+1] = A[t]×(1+g)

において、g<0であるから、純収益の対前期比1+gは、1+g<1となる。
 よって、その変動を無限期間繰り返すと、純収益は限りなくゼロに近づく(縦軸に純収益を取り、横軸に時間を取ると、 純収益曲線は横軸に漸近する)。
 このように、初歩的な数学によって、当該主張の滑稽さが証明される。どんなにもっともらしい理屈を並べ立てようとも、 この数学的事実の前では無意味である。