No.18 はこもの地域振興の愚



 日本では、公共事業といえばハードをせっせと作ることというのがずっと常識だった。 空港や整備新幹線建設問題を見れば、未だにその状況は何一つ変わっていない。

 そして今、IT、ITの大合唱の下、情報通信技術分野に民間のみならず、大量の公的資金が投入されようとしている。 モノへの投資ではない、新しいタイプの公共事業であるかに見える。 ところが、その実態は、通信回線の整備等ハード面への資金投入が中心であるようだ。

 3月17日付朝日新聞夕刊の「ビジネスマンの思考一新講座」欄に、『ネットの「文化インフラ」整備を』と題する 野口悠紀雄氏(経済学者)の文章があった。それによると、現在、源氏物語や徒然草等の日本の古典文学を インターネット上で読むことができるが、それを作ったのは日本ではなく、なんとアメリカの大学であるという。 このことから、ネット上の文化インフラの日米格差は、もはや絶望的な段階に達していると氏は指摘する。 しかも、現在の日本のインターネット政策といえば、ハード面の施策ばかりであり、旧態依然とした公共事業そのものであることを 鋭く指摘している。

 そして、次のように結んでいる。

 「日本の公的施策が公共事業による「はこもの」の建設に偏っていることがよく指摘される。それを象徴するのは、 地方都市に壮大な文化センターを建築しながら、そこでの催し物が貧弱なことだ。日本のIT社会は、仮に実現できても、 それと同じものになるだろう。」

 いつもながら冷静、的確かつ客観的で、突き放した表現であるところが私の好みである。実にその通りであると思う。 入れ物さえ作れば、それでうまくゆくと考えるのは、いかにも幼稚な社会である。

 さて、今回のメインテーマは、実は公共事業の話ではない。

 公共事業で「はこもの整備」を行うのは、もちろん無駄というわけではない。 莫大な資金を要し、かつ短期で利益に結びつくかどうかわからないインフラ整備は、公的資金で行わざるを得ないからだ。 ところが、問題なのは、なんと民間にも、ハードさえできれば何とかなるといった考え方がかなり蔓延している事実だ。

 鳴り物入りでデビューしようとしているユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)。 その経済効果が数千億といって、関西は色めき立っている。正式オープンを待ち望んでいるファンの方々には、 水を差すようでいささか申し訳ないが、はっきり言って騒ぎ過ぎ、期待し過ぎであり、この騒ぎこそが、 「はこもの依存症」の典型例であると思う。

 テーマパーク1つに経済浮揚効果を期待するほど、状況は「どん底」であるということなのだろうが、 今や夢の跡となったリゾート法に基づく地方の観光施設誘致に、酷似してはいないだろうか。

 東京ディズニーランド(TDL)を凌ぐとまで言われているUSJだが、本当にそうだろうか。 批判を覚悟で私見を述べれば、筆者は極めて悲観的な予測をしている。

 ムービー・テーマパークという性質上、ハリウッドが大ヒット映画を生み出し続けてくれるということが大前提であり、 それにすかさず歩調を合わせて企画を作ってゆかねばならない。当初の3年くらいは物珍しさで国内、海外から集客は可能だが、 よほど目新しいアトラクションを作り続けないと、リピート客を増やすことはできない。 映画という、決して先行き明るいとは言いがたい産業の上に乗っていることを考えると、 TDLに比べ、リピート客確保の面で、かなり厳しいのではないだろうか。(※注

 おそらく10年が1つのヤマだろう。むしろ人気が落ちる前に、関西ディズニーランドにでもくら替えしたほうが、集客数は安定するかもしれない。と、これは余計なお世話か。 この推測がはずれることを期待したい。

 そもそも「はこ」が繁盛しようが潰れようが、それに左右されない経済、文化基盤が必要である。もちろん「はこ」を作るのは悪いことではない。しかし、最も大切なのは、これをきっかけに 世界に発信できるような文化を醸成することである。お客が来て、金をいくら落としてくれるなどということを皮算用しているようでは、いささか情けない。 頭を働かせる方向がまったく間違っている。

 「文化インフラ整備を」と野口氏は言うが、ソフトを作り出す発想力が、そもそも日本人には乏しすぎるのだろう。 この話を突き詰めると、教育論議にまで発展しそうであるが、我々一人一人が、子供の頃から個性豊かな発想力を持つ訓練をしない限りは、 この国は本当の意味で豊かにはならないのかもしれない。

 地方の立派な文化センターで行われる形ばかりの催し物より、街角のストリート・ミュージシャンの方が、多くの人を魅了し、 新しいムーブメントを起こす力を秘めているだろう。そういう若者が輝き続ける社会であって欲しい。


※注:数多くの熱狂的リピーターを作り出しているTDLは、特異な存在と考えるべきである。テーマパークや遊園地に限らず、 同じ人に何度も足を運ばせるためには、いくつかの条件がある。
 ・いつ訪れても新しい感動が得られる。
 ・選択肢が多く、飽きがこない。
 ・料金がリーズナブル。
 ・思い立ったらすぐに行けるほど近い。
 ・ごく自然にライフスタイルに溶け込む。
 ・日常の中にワクワクする非日常を演出している。
 ・子供だましではなく、本物志向。
 ・経営者の持つ夢やロマンが商品に体現されている。

これらの複数の要因が必要だろう。

 以下、近年成功した店舗の例で検証してみる。
 マツモトキヨシは品数豊富で選択肢が多く、安い。日常消耗する商品なので自然に生活に溶け込み、しかも女子中高生の間に一つの文化を作った。 同様にユニクロも選択肢が多く安い、しかも生活に自然に溶け込んでいる。だが、これらの企業とて、先行きはそんなに明るくはないだろう。なぜなら同等の競争相手はいくらでもいるし、 仮に現在太刀打ちできなくても、追いつくことは十分可能だと思われる。両社のヒットは、若干一過性のブーム的なものに見える。
 これからの企業に最も大切なのは、他に追随できない「特別な何か」を提供できる独自の「文化」ではないか。その点、ユニクロと並び称されることの多い無印良品のほうが、 以前から「特別な何か」を発信し続けており、現在やや苦戦しているものの、今後もなお有望であると筆者には思える。ただ、経営に確固たる理念やロマンが感じられない点が、気にかかる。
 マクドナルドの独走態勢に他が追いつくことは不可能であろうが、それはただ、巨大なるがゆえである(巨大化すれば、夢を売らなくとも一つの文化にはなりうることを証明した)。 むしろマクドナルドよりも独自のスタイルを堅持しているモスバーガーとケンタッキーフライドチキンは健闘を続けるだろう。
 スターバックスコーヒーも、提携しているSAZABYが以前から独自の文化を創り続けていることもあり、 他社が真似をして追随することは、容易ではないだろう。先発のドトールコーヒーが、すかさずエクセルシオールカフェを作ったのは、 もちろん同社を意識してのことと思うが、それだけ独自の文化を築き上げていなかったことの証左であろう。 なお、スターバックスについて気にかかるのは、多店舗化によるイメージの陳腐化である。
 成功企業が現れると、皆こぞって方法論(ビジネスモデル)を真似たがるが、それでシェア逆転に成功したとしても、 同じように後発組に追い抜かれるだろう。大切なのは、ソフト(マインド)なのだ。

2001年3月24日